
三瀬 尚子(みせ なおこ)
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経験と実績
2001年4月〜 奈良女子大学で心理学を学ぶ。サークル活動で英語劇を行う。
2004年4月〜 上場企業の法務部に配属され、部署の新規立ち上げに携わる。法律の知識を学びながら、膨大な資料をまとめ要約し訴状等定型の書類に落とし込む業務をこなす。
2010年1月〜 法律事務所でパラリーガル兼秘書として、事務所の経営に携わる。法律補助以外にも、広報・人事・経理・総務をこなす。事務所の法人化業務や支店設立(3拠点)までメインディレクターとして行い、ボスの代わりに弁護士および事務員を管理するマネージャーに。5年で年商は10倍。
2015年7月〜 結婚をきっかけに関東に引っ越し。プロポーズ→入籍→結婚式→妊娠→出産を怒涛の勢いでこなす。夫のサポートもしながら、家事育児と両立でき、引っ越ししても影響の少ない、自由度の高い在宅ワークを目指し、出産後3ヶ月で起業塾に入塾。その当時すでに持っていた知識(占星術・数秘術・ヨガ・コーチング)を使って起業。同時にライティング講座で学び始める。
2018年5月〜 尊敬する有名女性起業家のライター募集に応募し、試験の後ライターとしてチームに加わる。約1年半で数億円の売上に貢献。
2019年7月〜 第2子の出産にリスクがあることがわかり、チームを卒業。セミナーで出会った方やそのご紹介のお仕事だけを受けて、小さくライターを続ける。数人の起業家・企業をサポートし、数百万円の売上に貢献。
2020年10月〜 補い合えるビジネスパートナーとチームを組み、本格的にライターとして再始動。個人起業家だけではなく、企業とも仕事を始める。
得意なライティング分野
1.プロモーション時に必要なライティング
- セールスレター(LP)
- ステップメール(構成からライティングまで)
- クロージングメール(構成からライティングまで)
- フォローメール
- 各SNS用ライティング(公式LINE、Facebook、Instagram、Twitter、Youtube)
2.オンライン教材制作
- 教材の内容を伝えるライティング
- 教材用ステップメール
3.魅力を伝えるライティング
- プロフィール
- メルマガ
- ブログ
*これまでネットビジネスを多く取り扱ってきましたが、実店舗ビジネスのオンライン教材のプロモーション等にも携わってきました。
*ターゲットは8割女性です。
メッセージ
「ライター」という仕事に出会ったのは、挫折したから!
私がライターという仕事の魅力に気づけたのは、ザ・挫折 の真っ只中にいたときでした。
大好きな人と結婚して、願っていた子も授かることができて、無事出産までできて・・最高に幸せなはずのその頃、私が思っていたことというのは、「寝たい」「1人になりたい」「なんでこんなにうまくいかないの」でした。
そうです。育児に、挫折していたのです。
ママに向いてるタイプ♡ではなく、仕事大好き人間でした
そもそも、自分のことをわかっていなかったんです。出産して育児をするようになるまで、私は自分のことを「母親に向いているタイプ」だと思っていました。
料理も好きだし、家事もそれほど苦じゃないし、なにより人の世話をやくのが好き(長女気質)だから、きっと子育ても楽しめるはず!
なーんて思っていたのですが、実際にママになってみると、まったく違うことがわかりました。私は、物事を効率よく進め、得たい結果を導き出すことが大好きな人間だったのです。
そうです。真逆です。私は「仕事大好き人間」だったのです!(育児は、効率を考えてはやっていけません。基本的に、急がば回れだし、期待せずにひたすら与えることを求められます。注:個人の意見です。)
そのことに気が付いてしまえば、楽になりました。「なんだ、育児をそこまで楽しめない人間だったのか。じゃあ、お金のためでもなく、家庭のためでもなく、ただ自分の楽しみのために、仕事しよう」と思えました。
結婚・出産後に直面した「働きたいのに働けない現実」
少し時を戻して・・私がプロポーズされたのは、彼が転職を成功させたときでした。プロポーズを受けた瞬間、結婚と同時に、大阪から東京への引越、現職の退職が決まりました。
そのときは、
「新しい環境で、新婚生活スタートするなんて、楽しそう」
「仕事は、日本中にたくさんあるし、転職すればいいや」
なんて、軽く考えていたんです。
しかし、現実は厳しかった・・・。
結婚式のあと、すぐに子を授かり、妊娠出産できたのはとても幸せだったのですが、実家も親類も遠い場所で初めての育児はとても大変でした。
さらに、小さな子がいても働ける職場はとても少なかったのです!
夫の職が少し特殊で、数年後に引越しの予定があることもあり、正社員として働くことは断念。
え?働けないの??
「働きたいのに、働けない」という現実に直面したとき、ものすごい閉塞感を感じたことを今でも覚えています。
思い込みを取っ払って、理想の働き方を探す
でも、そこで諦める私ではありません。「会社勤めが無理なら、自分1人で仕事をすればいいんだ!」安易にそう考え、起業という選択肢を手に入れます。
もともとフットワークは軽く、さっさと行動する私。産後3ヶ月で起業塾に申し込み、産後半年で起業しました。
起業してからも、より「育児・家事・夫のサポート」がしやすい仕事を探し続け、最終的にコレだ!と思えたのがライターという仕事でした。
未経験で飛び込んだライターの世界
「いいな」と思ったら、まずやってみるのが私のセオリー。
もともと好きなライターさんがライティングの通信講座を開講されていたので、受講してみたところ、その理論や知識が面白くてどんどんのめり込んでいきました。
試しに自分でもライティングしてみたら、5時間くらいあっという間に経ってしまうくらい集中していて、楽しくてたまらなくて・・・。
ライティングの出来はわからないけれど、書くことを仕事にしてもたのしくやれそうだなと感じていたころ、尊敬する有名起業家さんがライターを募集していることを知り、やるだけやってみようと思って試験を受けたら、なんと合格したのです!!強運でした!
未経験でライターとして、チームに加わり、必死で学びながら結果を出して・・・気がつけば1年半で数億円の売上に貢献していました。
この1年半の間に、私はライターという仕事の魅力ややりがいを全身で感じることができました。本当に得難い体験だったと思います。
「あんた死ぬよ?」と医師に言われ、チームを抜けてフリーライターに
そのチームを抜けることになったきっかけは、妊娠でした。
1人目の子の出産の後に喘息を発症していた私は、医師に「リスクのある妊娠出産になる」と言われました。喘息というものをあまりに軽く考えていた私に、医師は「あんたも、子も、死ぬ(こともある)よ?」という強烈な言葉で、私の目を覚まさせてくれたのです。
夫とも相談し、起業家さんのチームを卒業し、個人でライターとして働くことにしました。
妊娠・出産を最優先したので、仕事の量を随分減らしましたが、「ライターです」というと「仕事をお願いしたい」と言われることが多く、どの業界でもライターは求められているんだなと実感しました。
子供たちに渡す社会を、もっとエネルギーに溢れた、素晴らしいものにしたい
今、私がライターという仕事を使命感をもってやっていけているのは、子どもたちの存在があるからです。
私は子どもたちに、今よりもっとエネルギーに溢れた、もっとワクワクするような社会を手渡したいと思っています。
そのために、私に何ができるだろう?と考えたとき、浮かんだのは・・・ライティングを通して人と人、人とサービス、人と商品のご縁を結び、社会を活性化すること、でした。
商品やサービスには、それが生まれた背景があり、物語があります。そして、そこには熱い、深い想いが込められているのです。その物語や想いを言葉を使って伝えることで、必要としている人とご縁を繋ぐことができ、そこに喜びが広がっていきます。
私はその喜びを増やし、社会全体を元気にしていきたいと、その一助になりたいと願い、日々ライターとして務めています。
ツイッターで繋がっていただけたら嬉しいです!
家事・育児・夫のサポート・ライター業、すべて全力投球で、毎日を駆け抜けています。
「たった一度きりの人生だから、後悔しないように、本気で生きる」と決めている私はけっこう暑苦しい人間ですが、ライターの仕事やおおざっぱママの4コマ漫画風日常、夫との成り上がり物語などに興味をもっていただけたら、ぜひインスタグラムやツイッターで繋がっていただけるととても嬉しいです。
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